日本森林学会誌105巻1号(2023年1月)

[論文] 釜淵森林理水試験地における皆伐とその後の植生回復が融雪流出に及ぼす影響

阿部 俊夫(国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所東北支所)ほか
キーワード: 融雪流出, 皆伐, 降雪量, 対照流域法, 釜淵森林理水試験地
2023 年 105 巻 1 号 p. 1-10
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.1
[要旨] 森林の皆伐とその後の植栽等による植生回復が融雪流出に及ぼす影響について明らかにするため,対照流域法による試験が行われた東北地方の釜淵森林理水試験地を対象に,1939~2005年の日水文量のほか,気温や積雪深などの長期データを利用して統計学的分析を行った。伐採流域(2・3号沢)の融雪流出量は,先行研究と同様に,皆伐後に増加する傾向が認められたが,時間経過とともに影響は小さくなった。伐採前と同程度に戻るのには植栽から30年程度かかっていた。また,伐採前を基準とした融雪流出量の差は,年降雪量が多く,春季平均気温の高い水年ほど大きい傾向が認められ,これらは森林の有無による降雪遮断量や蒸発散量の違いが原因と考えられた。皆伐後,融雪流出期間の開始日は早まる傾向であったが,終了日は同程度かやや遅くなった。このように,融雪流出量や融雪流出期間に限れば,皆伐は春季の水資源量を増やすと考えられるが,一方で融雪洪水リスクが高まる恐れも予想される。さらに,2号沢については施業等の履歴が特殊であり,結果の普遍性についても慎重に判断する必要がある。

[短報] スギ挿し木ペーパーポット苗とコンテナ苗の根鉢強度の比較

伊藤 哲(宮崎大学農学部)ほか
キーワード:   表面被覆率, 根量, 含水率, 脱落培地率, GLM
2023 年 105 巻 1 号 p. 11-15
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.11
[要旨] スギ挿し木コンテナ苗とペーパーポット苗の根鉢強度を比較することを目的として,ペーパーポット苗を用いた落下試験を行い,根量および根系による根鉢の表面被覆率と落下の衝撃で脱落する培地の割合との関係を,既報のコンテナ苗と比較した。その結果,ペーパーポット苗でコンテナ苗に比べ根系による表面被覆率が同等あるいは低い状態であっても,培地の脱落量が少なかった。一般化線形モデルの解析結果も,ペーパーポット苗の培地がコンテナ苗よりも脱落しにくく,ペーパーポットの培地保護効果が大きいことを示していた。このことから,ペーパーポット苗はポットの培地保護効果によりコンテナ苗に比べて根鉢の破壊が起きにくいことが実証できた。

[短報] 飼育条件下におけるマツノマダラカミキリの受精と産卵ポテンシャル―野淵(1976)の再検討―

江崎 功二郎(石川県農林総合研究センター林業試験場)
キーワード: 交尾, 産卵, 受精, 性成熟, マツノマダラカミキリ
2023 年 105 巻 1 号 p. 16-20
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.16
[要旨] 野淵(1976)はマツノマダラカミキリ(以下,本種とする)の雄の精子は約5日齢から成熟することや1日齢の雌が5日間の交尾期間を経て有精卵を産下する個体が確認されることを示した。これらは本種成虫の受精および交尾能力を知る重要な情報であるが,実験方法や結果に不明瞭な点があり,再検討の必要性が認められた。本研究では25℃(15L9D)の飼育条件下で5日齢以下の本種雌雄を組み合わせた48ペアをそれぞれ15時間飼育した。その後雌のみに約5日間隔で3~4回の産卵丸太を与え,18~55日後に丸太を剥皮し卵やふ化幼虫の有無を調べた。その結果,1日齢雌や3日齢雄を含む飼育ペアに由来する10個体の供試雌に与えた産卵丸太でふ化幼虫が確認され,野淵(1976)の実験結果は支持された。そして本種は野外条件下でも5日齢以下の雌雄が交尾を行い,有精卵を生産する能力があると考えられた。

[短報】 未利用材の粉砕作業の生産性を最大化させるグラップルローダのつかみ材積

黒田 浩太郎(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻)ほか
キーワード: 未利用材, 粉砕作業, チッパ, 生産性, グラップルローダ
2023 年 105 巻 1 号 p. 21-26
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.21
[要旨] 林道端土場に椪積みにされた長材である4 m材を中心とした未利用材を,グラップルローダとチッパの組み合わせにより粉砕する作業の時間観測を行い,グラップルローダがつかんだ材積と粉砕作業の生産性との関係を分析した。その結果,つかみ材積が0.56 m3/サイクルのときに生産性が最大となった。つかみ材積がこれよりも大きくなると生産性が低下した要因には,つかんだ材が長材でかつその量が多くなると,チッパのコンベヤ上に載らず呑み込み時間が長くなるサイクルが頻発したために,投入を補助する平均時間が掛かることが挙げられた。そして,調査した粉砕作業をつかみ材積0.56 m3/サイクルで行った場合,1回の粉砕作業当たり平均19%(386秒)と,作業時間が大きく削減できると試算された。長材中心の粉砕作業において最適なつかみ材積を意識した作業を心がけることにより,生産性を高める可能性があることが示唆された。

[総説】 熱帯林減少の原因と解決策―貧困削減が森林減少の防止に有効―

宮本 基杖(国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所)
キーワード: 森林減少, 気候変動, REDD, 貧困削減, 農業地代
2023 年 105 巻 1 号 p. 27-43
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.27
[要旨] 熱帯林減少は地球規模の環境問題であると共に温室効果ガスの排出源でもあることから,森林減少を止める対策が国際的な取組として広く推進されている。しかし,その成果は当初の期待に及ばず,地域社会への影響など懸念の声もある。取組が難航する理由は適切な対策を選択できていないためであり,それは森林減少の根本原因が理解されていないことに関連する。本稿では,世界の先行研究と著者の東南アジアでの実証研究を基に,森林減少の原因について解明された全容を示し,発生と制御の仕組みを明らかにすると共に,持続可能な解決策を提案する。森林減少の直接原因は農業地代(農地収益性)の上昇に集約される。主要な根本原因は貧困であることが特定された。森林減少の発生と制御の仕組みは農業地代・貧困率・森林率の3要因で説明できる。現行の取組は農業地代を低下させる対策が中心であるが,それは効果が高いものの,コストと社会的影響を考慮しなければ持続性が低い。他方,貧困削減策は根本的解決の効果があり,持続性も高いことが実証されている。世界の森林減少対策は抜本的改革が求められており,対策の主軸を農業地代低下策から貧困削減策に移すことが肝要である。