日本森林学会誌105巻4号(2023年4月)

[論文] 千葉県鴨川市のマテバシイ林と愛知県瀬戸市のコナラ林におけるナラ枯れ被害の年次推移―

楠本 大(東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林千葉演習林)ほか
キーワード: カシノナガキクイムシ,胸高直径,枯死率,被害率,ブナ科樹木
2023 年 105 巻 4 号 p. 103-109
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.103
[要旨] 千葉県鴨川市のマテバシイ林および愛知県瀬戸市のコナラ林においてナラ枯れ被害の初期から終期までの年次推移を調査した。カシノナガキクイムシの穿入を受けた被害木の個体数は両調査地とも最初の3~4 年間は増加したが,被害木の割合がマテバシイ林で90%,コナラ林で80%を超えると急速に被害が収まった。被害終息時,どちらの調査地も胸高直径階10 cm 未満の個体のほとんどは無被害だったのに対し,胸高直径階10~20 cm では70~80%の個体が,20 cm 以上の胸高直径階では90~100%が穿入を受けていた。個体ごとの症状の年次推移をみると,コナラは前年穿入生存木だった個体の95%以上は翌年も生存したが,マテバシイは穿入生存木の20~30%が翌年半枯れや枯死に推移し,立木の枯死への進展過程に調査地間で違いがみられた。本研究から,マテバシイ林とコナラ林のどちらの林分においても,直径10 cm 前後の小径木を除くほぼ全ての個体がカシノナガキクイムシの穿入を受けるとナラ枯れ被害が終息することが示唆された。

[論文] 森林作業道における作設後4年までの土壌物理性の経年変化

佐藤 弘和(北海道立総合研究機構森林研究本部)ほか
キーワード: 土壌締固めの回復,土壌貫入抵抗,間隙率,作業路,土壌締固指数(SCI)
2023 年 105 巻 4 号 p. 110-117
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.110
[要旨] 北海道美唄市内のトドマツ人工林内に作設された森林作業道において,車両走行による土壌の締固めの経年変化を評価するために,作設後1 年経過した作業道に作設区間を,林地に対照区間を設けた。各区間の路面(林地)において,土壌貫入抵抗(Nc値)を4 年間,乾燥密度と間隙率を3 年間にわたり測定した。Nc 値から表層土壌の締固めを評価する土壌締固指数(SCI)を調査年ごとに算出した。作設区間におけるNc 値は,対照区間より中央値が高い値を示し,表層から0.1 m までの値が年経過に伴い減少した。深さ0.3 m までを対象に計算したSCI では,作設後1 年から3 年目までは減少したが,4 年経過時点では3 年経過時点と変わらない値であった。作設後2 年目から4 年目にかけて作設区間の乾燥密度は対照区間の値に比べて高く,間隙率は低い値であった。作設区間の乾燥密度と間隙率は,年経過に対してほとんど値が変わらなかった。土壌締固めの年変化は,測定する土壌物理性項目によって異なる傾向を示した。これらのことから,森林作業道路面の強度は3 年目までに締固めの程度は減少したが,4 年目では回復が収まる傾向にあった。

[短報] スギ当年生コンテナ苗で発生した灰色かび病

陶山 大志(島根県中山間地域研究センター)ほか
キーワード: Cryptomeria japonica,同定,Botrytis cinerea,湿度
2023 年 105 巻 4 号 p. 118-122
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.118
[要旨]2020 年7 月中旬,島根県西部のコンテナ苗生産地において,スギ当年生苗に灰色かび病の発生が確認された。同生産地ではガラス室内と露地の両方でコンテナ苗が育成されていたが,発病本数割合は露地では11%に留まったのに対し,湿潤な環境であったガラス室内では38%と高かった。病葉上に形成された分生子から1 菌株を分離し,同菌株のDNA を抽出した。rDNA のITS 領域の塩基配列についてBLAST 検索を行った結果,同菌株はBotrytis cinerea Pers. と100%の相同性が確認された。スギ当年生コンテナ苗の枝葉に対して同菌株を8 月下旬と11 月下旬に接種し,20 ℃湿潤・暗黒下の条件において10 日後の発病の有無を調査した。8 月では灰色かび病の発病本数割合は94%と高かったが,11 月では同割合は0%であった。成長期中の8 月の苗は,11 月の成長停止期の苗と比較して枝葉が軟弱であったことから,生育中の軟弱な苗は本病原菌に感染しやすいものと推察された。

[短報] 高知県室戸地域におけるウバメガシの利用可能直径別立木幹材積式の作成

田淵 賢汰(高知大学農林海洋科学部)ほか
キーワード: ウバメガシ,備長炭,立木材積,利用可能直径
2023 年 105 巻 4 号 p. 123-128
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.123
[要旨] 高知県ではウバメガシが土佐備長炭の主原料として活発に利用されているが,その持続可能な利用量を推計するには,立木幹材積を把握する必要がある。製炭の可否や炭の規格には幹の直径が強く関係するため,利用可能直径別に幹材積を簡易に推計できるモデルを作成すると,実用上の都合が良いと考えられる。そこで本研究では,土佐備長炭の主要生産地である高知県室戸地域にてウバメガシ生立木の伐倒調査を行い,利用可能直径別の立木幹材積式を作成した。各供試木の利用可能直径別幹材積はいずれも,D2H で直線回帰された。さらに,それらの傾きを利用可能直径の一次式で,X 切片をべき乗回帰で表す回帰モデルを当てはめたところ,平均二乗誤差の平方根は微増したが,AIC は5 以上減少した。この回帰モデルの推定値および実測材積は,立木幹材積表から求めた値や,和歌山県で報告されたウバメガシの幹材積より大きかった。

[短報] スギ人工林における樹幹離脱流由来の滴下雨が樹木近傍の樹冠通過雨に与える影響

白木 克繁(東京農工大学農学府)ほか
キーワード: 樹冠貯留,樹冠遮断,スギ人工林,降雨計測
2023 年 105 巻 4 号 p. 129-135
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.129
[要旨] スギ人工林内に試験プロットを設け,3 本のスギにおいて樹幹近くの樹冠通過雨量を小型ビニールプールを幹周りに固定して計測した。この量と,一般的に樹冠通過雨として計測される10 個の貯留雨量計で測定した樹冠通過雨量の指標値との比較を行った。測定対象とした3 本のスギでは,降雨中の林外雨,樹冠通過雨,樹幹流の観測結果から,樹冠の枝幹で雨水が集水され樹幹流となる過程において,樹木ごとに集水プロセスと樹幹から離脱して滴下雨となる確率が異なることが示された。樹幹近くの樹冠通過雨量は,年間合計量としては樹冠通過雨量指標値と同程度の量となるが,小降雨イベント時には樹冠通過雨量指標値よりも少なく,大降雨時には多くなる事例もあり,樹冠通過雨量指標値の2 倍の量を記録することも観測された。このため,豪雨時において樹幹近くの樹冠通過雨成分を無視した場合,樹冠通過雨量を過小評価する可能性があることを示した。

[総説] 森林生態系における線虫群集の研究動向と展望

北上 雄大(三重大学大学院生物資源学研究科)ほか
キーワード: 土壌環境,土壌線虫,垂直分布,形態観察,分子生物学的手法
2023 年 105 巻 4 号 p. 136-146
https://doi.org/10.4005/jjfs.105.136
[要旨] 森林生態系は高い生物多様性を有し様々な生態系サービスを提供するが,近年の人為活動が生物多様性の劣化を進行させており,生態系サービスが損なわれている。土壌生物群集は食物網中の物質循環を通して森林生態系の維持に寄与することから,その多様性の維持と向上は重要である。土壌生物の中で線虫は,地球上で最も個体数が多い動物の一群であるため,土壌の生態学的プロセスにおいて重要な役割を果たしていると考えられる。近年,線虫群集の研究の蓄積が増えているが,森林生態系における線虫群集の分布様式を取りまとめて報告した例はない。線虫は微生物と植物根を主要な餌とし,土壌の物質循環を加速することから,様々な生態系で線虫群集を把握することは,土壌の生態学的プロセスを理解する上で重要な情報を提供すると考えられる。したがって,本稿では森林生態系における線虫群集の研究動向を把握し,今後向かうべき方向性を示すため,その多様性,密度,森林生態系への寄与,群集構造を規定する要因,森林の地下部から地上部に生息する線虫の垂直的な分布様式,生物指標としての土壌線虫の応用および,DNA 解析を用いた最新の群集分析手法に関する今までの知見をまとめた。