「森林・林業関係試験研究機関の現状と研究推進上の課題に関するアンケート調査」結果の要旨
「森林・林業関係試験研究機関の現状と研究推進上の課題に関するアンケート調査」結果の要旨
国内研究機関連携担当理事 井出雄二
日本森林学会では、地域の森林・林業研究推進に学会としてどのような貢献ができるか検討するため、2016年度に地域の森林・林業関係試験研究機関がどのような課題を抱えているかについて、全国の森林・林業、林産業関係の56公立試験研究機関に対しアンケート調査を実施しました。
調査項目は、1. 組織の概況、2. 研究の進め方と成果の普及、3. 共同研究、4. 競争的資金の獲得、5. 科学研究費補助金、6. 研究員の研究上の資質向上、7. 研究員の学会活動、8. 学会の役割の8項目です。
40都道府県45機関からの回答を得、回答率は75%、都道府県カバー率は85%でした。
以下に結果の概要を示します。
1. 組織の概況
職員の総数は、平均21.0人でしたが、最小の4名から最大の86名と大きな開きがありました。
特に、北海道立林産試験場と林業試験場の規模が大きく、これらを除くとほとんどの機関は総職員数30人以下でした。
研究職の数でも、北海道の2機関が特別に多く、他は10~14人が最多で、中には研究職が全く配置されていない機関もありました(図-1)。
研究機関は、林業全般の研究を行うものと主に木材・林産業に関する研究を行うものに大別されました。
前者の大多数では、造林、遺伝育種、動物・昆虫、食用キノコ、木材加工などについて研究されていました。
また、約半数の機関で、その他特用林産、防災、利用、生理・植物生態などの研究が実施されていました(図-2)。
図-1 研究職数別の機関数
図-2 研究職に対する研究対象分野の数
2. 研究の進め方と成果の普及
研究課題は、主に行政からの要望に沿って設定されていました。
研究員からの提案や森林・林業関係者のヒアリングも考慮されているものの、一般市民から要望を直接くみ取るということは多くありませんでした。
具体的な研究方法については、所内および担当グループでの議論に基づいて決定されている例がほとんどでした。
また、多くの機関で外部有識者の意見を聴取していました。
研究の方法や進捗、成果の評価を、大多数の機関では機関内部あるいは行政を交えて実施しており、外部評価あるいは外部有識者の意見を参考にした評価も行われていました。
成果については、ほとんどすべての機関で何らかの学会発表を行っており、主な発表学会は、多い順に地域森林学会、森林学会大会、木材学会、きのこ学会などでした。
学会誌への投稿は、地域森学会誌への投稿が最も多く、森林学会誌は半数程度の機関にとどまりました。
その他の研究の発表方法として、所内報の発行、広報誌への記事掲載、講演会、発表会の開催などが広く行われていました。
普及指導部門との連携については、約半数の組織で研究部門と普及指導部門とが一体的に活動しており、それ以外でも定期的な情報交換が行われていました。
3. 共同研究
ほとんどの機関で他組織との共同研究が行われていましたが、その相手先は森林総合研究所がほとんどを占めており、続いて大学、企業などでした。
また、約半数の機関が他県との共同研究を実施していました。
共同研究の資金は、自前の県予算、相手先が研究代表である競争的資金が主な出所でした。
一方、自らが研究代表である競争的資金によっている機関はわずかでした。
多くの機関で、縮小する研究費の補完や技術情報の共有・取得を期待して、共同研究を推進する方針でしたが、中には人的余裕がないとの理由から共同研究が行えないという機関もありました。
4. 競争的資金
ほとんどすべての機関で何らかの競争的資金を獲得していましたが、当該機関が研究代表なって資金を獲得している例は多くなく、ほとんどが研究分担者としての参加でした。
取得した資金でもっとも多かったのは農林水産省の資金であり、次いで科研費、企業等の助成金、県費による資金の順でした。
これらの資金の研究代表は、森林総合研究所が圧倒的多数であり、それに比べると大学や他県、自県他組織や企業は多くありませんでした。
5. 科学研究費補助金
科研費交付対象機関は29ありましたが、地域的に偏りが見られ、関東とその周辺、九州では対象となっている県が全くありませんでした。対象とならない理由としては、県の方針を挙げたものが最も多数でした。
また、29機関の内応募実績のあるのは約半数の14機関でした。
採択はさらにその半分の7機関と多くありませんでした。
応募しない理由として、適当な課題が見つからない、業務との整合性が取れないなどが挙げられていましたが、研究員の資質、研究費の受領システムなどの問題を指摘する声もありました。
6. 研究員の研究上の資質向上
最も一般的な資質向上の取り組みとして学会大会や各種シンポジウムへの派遣があげられており、また、しかるべき機関での研修がそれに次いでいました。
勉強会や研究員間の情報交換など職場内での様々な取り組みも行われていました(図-3)。
研修派遣先としては森林総合研究所が最も多く、次いで大学、その他国立研究機関でした。
研修の目的として最も優先されているものは、現在の課題を解決するための手法の習得であり、次いで、より高度な研究のための技術、知識の習得、基礎的な研究技術の習得があげられていました。
また、研究上のつながりを得るためという回答も半数以上の機関から得られました。
学会大会等へは多くの機関が派遣に前向きであり、地域森林学会大会、森林学会大会、木材学会、きのこ学会などが主な派遣先としてあげられていました。
図-3 学会派遣の目的
7. 研究員の学会活動
多くの機関で研究員の学会加入が推奨されていましたが、特に推奨していないあるいは研究員個人に任せているといった機関も少なからず見られました。
大部分の機関で、地域森林学会、森林学会の会員がわずかでも存在しましたが、研究員全員が学会員という組織はまれでした。
研究員が会員となっているその他の学会として57学会があげられていましたが、なかでも木材学会、きのこ学会への加入が多く認められました。
職員の学会誌への論文投稿は、多くの機関で積極的に推奨されており、特に後ろ向きな姿勢は見られませんでした。一方で、投稿に際して研究のレベルが低いことが障害となっているとの回答がありました。
また、論文の書き方適切なアドバイスや、投稿に要する経費負担などが問題とする声もありました。
8. 学会の役割
全ての機関から学会は研究推進に役立つとの回答を得ました。
学会の意義として、研究情報の入手・交換の場として有用、研究員の資質向上が図れる、研究上のつながり・ネットワークづくりができるなどでした。
一方、研究成果発信の場としてはあまり重視されていませんでした。
また、具体的要望として以下のような事柄があげられていました。
1.社会・林業に対する貢献 |
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・社会全体が森林・林業に対する理解を深めるよう、情報発信その他の取り組みを継続的に行なってほしい。 |
・今後とも、地域の森林・林業の発展のための指導をお願いしたい。 |
2.研究員の資質向上 |
・定期的な人事異動による入れ替えがあるため研究員の育成指導が重要。 |
・職員の異動が普通なので、研究員としての育成、向上に大きな問題がある。研究員としての考え方、報告文書の作成等、基礎的な研修が必要でないかと日々感じている。学会主催の短期研修会(ブロック毎)を開催していただきたい。 |
・論文の書き方についての指導をお願いしたい(できれば派遣指導も)。 |
3.学会のあり方 |
・地元の森林・林業に貢献できる団体であってほしい。 |
・今後とも、地域の森林・林業の発展のための指導をお願いしたい。 |
4.学会誌の内容 |
・実用的な技術に関する論文や短報も継続して積極的に掲載してもらいたい。 |
・論文だけでなく(技術的なもの)の投稿もあってよいのではないか。 |
・掲載論文とその引用が増えることを望む。 |
5.地域森林学会との関係 |
・地域森林学会(旧森林学会支部)との棲み分け、区分、違いが分からない。 |
・地域森林学会に対する、資金的援助を継続してもらいたい。 |
・近年応用森林学会における発表件数が減少傾向にあり、今後の学会存続に不安を感じているので支援をお願いしたい。 |
・旧支部が独立し、それぞれ会費を取るため負担感は大きい。 |
6.大会の開催 |
・大会の開催時期は年度がまたがないよう、ぎりぎりにならないようにして頂きたい。 |
・大会が3月末の年度末に開催されるため、研究職でない行政機関の技術者は参加が難しい。行政職も参加しやすい時期であればと思っている。 |
・日本森林学会大会で発表された内容のPDFによる公開を継続してほしい。 |
まとめ
紙面の都合で個別の分析は割愛しますが、これの結果から、地域の森林・林業関係研究機関では、比較的少人数で多様な課題を抱えていて、経常的な活動のためにも競争的資金の獲得などが必須になる中、職員の質の確保が重要と考えていました。
特に、職員の異動に伴う研究者としての資質維持は課題であり、学会としての支援を求める声もありました。
また、少数ですが職員の学位取得を奨励しているという回答がありました。
こうしたことから、森林学会としては、地域試験研究機関の研究員の資質向上に寄与できる活動を展開することによって、森林総研だけでなく大学、その他研究機関との共同研究を担える人材の育成を通じて、地域研究機関の研究構築、遂行能力向上に寄与できるものと考えます。
また、それが地域の研究機関の研究員の大会参加や学会誌への投稿などの活発化につながることで、学会活動の活性化にも大きく貢献すると期待できます。
これらを踏まえ森林学会として当面実行可能な取り組みとして、1.研究スタートアップガイドの発行、2.論文作成セミナーの開催、3.博士学位取得情報の提供、4.科研費申請に関するアドバイスなどを提案したいと思います。